トップページ > レファレンス・サービス(調べる・相談する) > こんなレファレンスがありました(メールマガジンから) > 広島県は,薄荷の最大産地だったようです(第16号)

広島県は,薄荷の最大産地だったようです(第16号)



 広島の佐藤亥三郎が薄荷(はっか)の栽培を始めたときに,どこから薄荷
の苗を持ち帰ったかが知りたい,という問合せが県外の方からありました。
 まずは『広島県史』を調べましたが,薄荷の栽培に関する記述が見当たり
ません。そこで『広島県農業発達史』を調べると,第4巻に「薄荷」の章が
あり,日本及び広島における薄荷栽培の沿革について詳しく述べられていま
す。これによると,薄荷は中国から長崎に伝来し,それが山城(京都)へ伝
わり,大和(奈良)・和泉(大阪)を経て全国各地に広まったそうです。広
島には安政初年に芦品郡服部村の佐藤亥三郎が大和・山城地方から薄荷の種
根を持ち帰って試作したと書かれています。
 この他佐藤亥三郎に関する文献として『芸備地方史研究81・82』所収の
「薄荷油製造法の発明」,『広島県大百科事典』の佐藤亥三郎の項,『飽薇
108』所収の「佐藤亥三郎先生の事跡」がありましたが,どの資料にも佐藤
亥三郎は大和から薄荷の苗を持ち帰ったと書かれていました。
 現在,薄荷は国内では北海道が一大産地ですが,明治三十年代後半は岡山
県と広島県が薄荷の最大産地だったようです。私たちにも「新発見」でした。
 私たちが住んでいる広島県を知り,広島県を研究する手掛かりとなる「郷
土資料」は,当館が収集に力を入れている専門的コレクションです。7月の
リニューアルによって,一層利用しやすくなりました。是非御来館ください。

(平成23年8月1日発行)