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陸軍予備病院はどこにあったか(第45号)



  日清戦争時に広島に開設された陸軍予備病院の場所が知りたいというレフ
ァレンスがありました。
 『日清戦争と広島城』によると,日清戦争当時,広島は出兵基地であり,
戦地から戻った戦傷病者のために,旧広島城の西側,本川沿いにあった衛戍
病院が陸軍予備病院と改称されました。増え続ける患者を収容するため,下
中町の博愛病院,白島村,西寺町の仏護寺,西練兵場の4か所に予備病院分
舎が臨時的に増設されました。その後施設を西練兵場と白島村の2か所に統
合して第1分院,第2分院と改称し,更に国泰寺村に第3分院,帝国議会仮
議事堂内に第4分院を新たに開設したとあります。『広島臨戦地日誌』には,
「広島陸軍予備病院一覧」があり,各病院の開始と閉鎖の年月日,病室数,
収容患者数,位置が分かります。
 この陸軍予備病院で新島八重が傷病兵を看護したことが,『中国新聞』の
平成25年1月4日付けで紹介されています。大河ドラマ「八重の桜」の最終
回でもその場面が描かれていました。  
                                                      (調査情報課)

(平成26年1月1日発行)