朝鮮通信使についての資料案内【一般:雑誌記事】

一般:雑誌記事 【目 次】
全 般 人 物 文 化 ゆかりの地
饗応・接待 歴史教育・教材 史料研究 その他


一般:雑誌記事
記事名・著者名・掲載ページ 雑誌名 巻号・発行日 備考
◎全般
「幻の宗家記録公開で蘇る「鎖国」の時代の朝鮮通信使」(AERAリポート)p. 58〜59 AERA 第5巻4号(1992.1.28)  
特集「江戸期の朝鮮通信使」
 「室町・江戸時代の善隣関係」姜在彦(p.28〜39)
 「福岡と朝鮮通信使」明石善之助(p.40〜46)
 「鞆・日比・牛窓の交流」西川宏(p.47〜55)
 「京・近江と朝鮮通信使」仲尾宏(p.56〜65)
 「通信使,尾張をゆく」貫井正之(p.66〜75)
 「通信使の遺墨」李元植(p.76〜85)
 「「李朝のなかの日本」を歩いて」李進熙(p.86〜95)
「江戸っ子の見た朝鮮信使」大瀧晴子(p.96〜104)
季刊三千里 第37号(1984年春) *郷土
特集「朝鮮通信使(6)」
 「祭の中の通信使」辛基秀(p.15〜24)
 「通信使来訪による東海道整備と村方負担」三浦吉春(p.25〜28)
月刊韓国文化 第7巻第11号(1985.11)
特集「朝鮮通信使(5)」
 「朝鮮通信使と洛中洛外図」吉田宏志(p.15〜24)
月刊韓国文化 第7巻第10号(1985.10)
特集「朝鮮通信使(4)」
 「富士川の船橋」三浦吉春(p.15〜24)
月刊韓国文化 第7巻第9号(1985.9)
特集「朝鮮通信使(3)」
 「朝鮮通信使の新しい資料 絵馬・絵画・日記」辛基秀(p.21〜27)
月刊韓国文化 第7巻第8号(1985.8)
特集「朝鮮通信使(2)」
 「雨森芳洲と玄錦谷」李進熙(p.13〜22)
 「新井白石と朝鮮通信使―筆談と唱和を中心に」李元植(p.23〜27)
月刊韓国文化 第7巻第7号(1985.7)
特集「朝鮮通信使(1)」
 「江戸時代の朝鮮通信使」姜在彦(p.15〜25)
月刊韓国文化 第7巻第6号(1985.6)  
「朝鮮通信使の道 3 国書改ざん」柏山泰則(p.4〜5) 港町ネット 第3号(2007.8)
「朝鮮通信使の道 2 通信使のはじまり」柏山泰則(p.4) 港町ネット 第2号(2007.2)  
「朝鮮通信使の道 1 江戸時代以前」柏山泰則(p.7) 港町ネット 第1号(2006.8)  
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◎人物
 ○雨森芳洲
「日韓交流の「先駆者」,国際人の鑑・雨森芳洲 「江戸の国際人」の精神が息づく町 滋賀県高月町」(p.228〜235) 第522号(2002.8)  
「対馬藩儒雨森芳洲の生涯と思想」呉満(p.43〜72) 大阪経済法科大学総合科学研究所年報 第18号(1999.3)  
「新井白石と斬新な視野の拡大―付 雨森芳洲― (2)」岩崎允胤(p.1〜31) 大阪経済法科大学論集 第62号(1995.11)
「新井白石と斬新な視野の拡大―付 雨森芳洲― (1)」岩崎允胤(p.1〜44) 大阪経済法科大学論集 第61号(1995.9)
「対馬藩の朝鮮通詞と雨森芳洲」米谷均(p.82〜108) 海事史研究 第48号(1991.6)
「雨森芳洲の誠信外交」姜在彦(p.2〜7) 季刊コリアナ 1990年秋季号(1990.9)  
特集「朝鮮通信使(2)」
 「雨森芳洲と玄錦谷」李進熙(p.13〜22)
月刊韓国文化 第7巻第7号(1985.7)
「雨森芳洲(特集 日本人の見た異国・異国人―古代から幕末まで―近世の異国・異国人論)」上垣外憲一(p.124〜128) 国文学 解釈と鑑賞 第61巻10号(1996.10)  
「雨森芳洲(古典学者の群像―古代から近世まで―近世における古典学者)」上垣外憲一(p.116〜121) 国文学 解釈と鑑賞 第57巻3号(1992.3)  
「ベールを脱いだもう1つの歴史」(対談)片野次雄,辛基秀(p.154〜167) 知識 第117号(1991.8)  
「日韓中を結ぶ雨森芳洲の思想」(インタビュー)上垣外憲一,松本健一(p.170〜183) 知識 第95号(1989.11)  
「雨森芳洲の「誠信の交わり」―朝鮮との交隣外交を支えた対馬の儒者(特集 壱岐・対馬―国境の島の民俗誌)」姜在彦(p.22〜24) Front 2002.8  
「雨森芳洲と新井白石(特集 近世文学の越境)」塩村耕(p.2〜13) 文学 第3巻第3号(2002.5,6)
 ○新井白石
「新井白石と斬新な視野の拡大―付 雨森芳洲― (2)」岩崎允胤(p.1〜31) 大阪経済法科大学論集 第62号(1995.11)
「新井白石と斬新な視野の拡大―付 雨森芳洲― (1)」岩崎允胤(p.1〜44) 大阪経済法科大学論集 第61号(1995.9)
「新井白石と朝鮮通信使(岳堂詩話15)」石川忠久(p.26〜31) 学鐙 2001.6  
特集「朝鮮通信使(2)」
 「新井白石と朝鮮通信使―筆談と唱和を中心に」李元植(p.23〜27)
月刊韓国文化 第7巻第7号(1985.7)
「正徳の朝鮮来聘」宮崎道生(p.18〜25) 日本歴史 第60号(1953.5)
「雨森芳洲と新井白石(特集 近世文学の越境)」塩村耕(p.2〜13) 文学 第3巻第3号(2002.5,6)
「朝鮮通信使に関する聘礼改革と長州藩―新井白石との関連性から」?永鳳(p.19〜35) 山口県地方史研究 第91号(2004.6)
 ○その他
「亀井南冥と朝鮮通信使との応酬唱和をめぐって」石川泰成(p.37〜53) 九州産業大学国際文化学部紀要 第20号(2001.11)
「太宰春台と朝鮮通信使―『韓館倡和稿』をめぐって」小島康敬(p.40〜51) 国文学 解釈と教材の研究 第46巻第7号(2001.6)
「宇野春敷と朝鮮通信使」辛基秀(p.244〜251) 知識 第92号(1989.8)
「朝鮮通信使と深見玄岱―「日光山八景和韻」詩書巻を中心に―」李元植(p.49〜67) 日本歴史 第384号(1980.5)
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◎文化
 ○文化交流全般
「九州本土より目前の釜山,朝鮮通信使の絆で島興し図る―対馬のアリラン祭り」(AERAリポート)p.72〜73 AERA 第5巻35号(1992.9.1)  
「ゆがめられた日朝関係史を問い直す―映画「江戸時代の朝鮮通信使」を見て」上田正昭(p.96〜98) 朝日ジャーナル 1979.4.20  
「朝鮮通信使と近世日本の庶民文化―絵画・民画・祭礼再演」ロナルド・P・トビ(p.24〜40) 季刊コリアナ 1989年秋季号(1989.9)  
江戸めざす友好の旅 400周年「朝鮮通信使」に学べ(p.20〜23) 月刊ニュースがわかる 第100号(2007.9) 児童向け
「宇野春敷と朝鮮通信使」辛基秀(p.244〜251) 知識 第92号(1989.8)
「混迷の世界を拓く「第2人称」の文化」(インタビュー)李御寧・韓国文化相(p.284〜292) 中央公論 第1271号(1991.6)  
「朝鮮通信使の訪日と文化交流」李元植(p.13〜30) ビブリア 天理図書館報 No.93(1989.10)  
 ○祭
「唐子踊りと朝鮮[車偏に山](ヤマ)」李進熙(p.72〜79) 季刊三千里 19号(1979年秋)
特集「朝鮮通信使(6)」
 「祭の中の通信使」辛基秀(p.15〜24)
月刊韓国文化 第7巻第11号(1985.11)
「対馬,朝鮮通信使祭り『対馬日記』」佐久間かおり(p.82〜85) 月刊社会教育 1996.11
「朝鮮通信使が残した唐子踊り」(p.122〜129) 知識 第122号(1992.1)
 ○筆談唱和
「古野梅峰『藍島唱酬』解題並びに翻刻―享保度朝鮮通信使との唱和・筆語」石川泰成(p.27〜35) 九州産業大学国際文化学部紀要 第28号(2004.8)  
「亀井南冥と朝鮮通信使との応酬唱和をめぐって」石川泰成(p.37〜53) 九州産業大学国際文化学部紀要 第20号(2001.11)
「太宰春台と朝鮮通信使―『韓館倡和稿』をめぐって」小島康敬(p.40〜51) 国文学 解釈と教材の研究 第46巻第7号(2001.6)
「朝鮮通信使と深見玄岱―「日光山八景和韻」詩書巻を中心に―」李元植(p.49〜67) 日本歴史 第384号(1980.5)
 ○学問
「朝鮮時代の通信使と日本の文壇―1711年の使行時,林家及び木下順庵門との交流を中心に―」朴昌基(p.23〜35) 季刊コリアナ 1990年夏季号(1990.6)   
「朝鮮通信使による日本古学の認識―朝鮮燕行使による清朝漢学の把握を視野に入れ」夫馬進(p.4〜27) 思想 2006.1  
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◎ゆかりの地
 ○全般
特集「朝鮮通信使の道をたどる―韓日国交正常化二〇周年を迎えて新たに尋ねる文明のパイプ・ライン―」李根成(p.58〜74) アジア公論 第14巻第7号(1985.7)  
「通信使の道をゆく 6」李進熙(p.132〜147) 季刊三千里 6号(1976年夏)  
「通信使の道をゆく 5」李進熙(p.162〜178) 季刊三千里 5号(1976年春) 朝鮮人街道ほか
「通信使の道をゆく 4」李進熙(p.164〜180) 季刊三千里 4号(1975年冬) 室津・兵庫,大坂〜京都
「通信使の道をゆく 3」李進熙(p.152〜169)
 ・下関から上関・蒲刈へ
 ・鞆浦の「対潮楼」
季刊三千里 3号(1975年秋) 下関,上関・蒲刈・鞆,牛窓
*郷土
「通信使の道をゆく 2」李進熙(p.86〜106) 季刊三千里 2号(1975年夏) 壱岐〜藍島(相島)
「通信使の道をゆく 1」李進熙(p.150〜170) 季刊三千里 1号(1975年春) 対馬,名護屋,厳原
 ○対馬
「対馬藩の朝鮮通詞と雨森芳洲」米谷均(p.82〜108) 海事史研究 48号(1991.6)
「朝鮮後期の通信使と倭館の役割」崔長禧(p.9〜15) 季刊コリアナ 1991年冬季号(1991.12)
「対馬,朝鮮通信使祭り『対馬日記』」佐久間かおり(p.82〜85) 月刊社会教育 1996.11
「朝鮮通信使の道 3 国書改ざん」柏山泰則(p.4〜5) 港町ネット 第3号(2007.8)
「近世倭館における朝鮮との交流」田代和生(p.1〜14) 歴史と地理 585(2005.6)
 ○長州藩
「朝鮮通信使に関する聘礼改革と長州藩―新井白石との関連性から」?永鳳(p.19〜35) 山口県地方史研究 第91号(2004.6)
 ○牛窓
「道の文化史〔岡山県牛窓町〕 朝鮮通信使の道」西元俊典(p.29〜31) 碧い風 Vol.9(1994.8)  
「唐子踊りと朝鮮[車偏に山](ヤマ)」李進熙(p.72〜79) 季刊三千里 19号(1979年秋)
「朝鮮通信使が残した唐子踊り」(p.122〜129) 知識 第122号(1992.1)
 ○室津
「朝鮮通信使と日本の朝韓侵畧」北島平一郎(p.159〜171) 大阪経済法科大学法学論集 第46号(2000.3)  
 ○京都
「寛永年間の朝鮮通信使と京都(「隔[草冠に冥](メイ)記」にみる寛永文化の世界-7-)」松尾芳樹(p.64〜70) 日本美術工芸 第661号(1993.10)
 ○大坂
「朝鮮信使大坂易地聘礼計画をめぐって」池内敏(p.60〜81) 日本史研究 336号(1990.8)
 ○田原藩
「朝鮮通信使接待と田原藩」西田真樹(p.1〜21) 桜花学園大学研究紀要 第3号(2000)  
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◎饗応・接待
 ○饗応料理
「朝鮮通信使―饗応から」高正睛子(p.35〜39) 国文学 解釈と教材の研究 50巻1号(2005.1)   
「江戸時代の朝鮮通信使供応食の研究(第1報)下分および通詞供応にみる食品:獣鳥鯨肉類」大坪藤代,秋山照子(p.349〜359) 日本家政学会誌 Vol.50No.4(1999.4)   
「朝鮮通信使の饗応について―大坂における饗応」高正晴子(p.1011〜1019) 日本家政学会誌 Vol.49No.9(1998.9)  
「朝鮮通信使の饗応について―新井白石の聘礼改変とその後の変様」高正晴子(p.1063〜1068) 日本家政学会誌 Vol.46No.11(1995.11)  
「朝鮮通信使饗応記録に見る菓子」高正睛子(p.26〜39) 和菓子 第14号(2007.3)  
 ○地方負担
「朝鮮通信使の通行と地域の負担についての覚え書き―小田原における饗応接待の食材(鶏と玉子)の調達について」古宮雅明(p.59〜80) 神奈川県立博物館研究報告人文科学 第31号(2005)  
特集「朝鮮通信使(6)」
 「通信使来訪による東海道整備と村方負担」三浦吉春(p.25〜28)
月刊韓国文化 第7巻第11号(1985.11)
「朝鮮使節通行と大名課役―寛永期を中心に」上田良一(p.70〜93) 地方史研究 第48巻5号(1998.10)  
「外国人使節の淀川往返と綱引役・水尾浚役―朝鮮通信使来朝の場合」日野照正(p.27〜43) 地方史研究 第29巻6号(1979.12)  
「朝鮮通信使通行時の鞍馬・鞍皆具役―明暦・天和・正徳の場合」土田良一(p.52〜67) 日本歴史 第610号(1999.3)  
 ○待遇問題
「正徳の朝鮮来聘」宮崎道生(p.18〜25) 日本歴史 第60号(1953.5)
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◎歴史教育・教材 
「日韓共通歴史教材『朝鮮通信使―豊臣秀吉の朝鮮侵略から友好へ』の編集をして―日本語版・韓国語版を同時刊行(日中韓3国で近現代史を共同執筆)」黒田貴史(p.9〜10) 出版ニュース 2005.6.中旬  
「日韓の中学校歴史教科書叙述の比較検討―朝鮮通信使の教科書叙述を中心に」釜田聡(p.551〜563) 上越教育大学研究紀要 Vol.25No.2(2006)  
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◎史料研究
特集「朝鮮通信使(3)」
 「朝鮮通信使の新しい資料 絵馬・絵画・日記」辛基秀(p.21〜27)
月刊韓国文化 第7巻第8号(1985.8)
「藤岡屋日記の中の朝鮮通信使―文化度通信使の記録」田畑博子(p.159〜170) 国文学 解釈と鑑賞 第63巻1号(1998.1)  
「申叔舟『海東諸国紀』 日本と琉球の歴史・地理・風俗・言語」田中健夫(p.15〜21)
「申維翰『海游録』のみた近世の日本と人 ―朝鮮使節の日本見聞記―」仲尾宏(p.50〜57)
国文学 解釈と鑑賞 第60巻3号(1995.3)  
「朝鮮通信使の旅―申維翰の日本体験」林雅彦,金圭烈(p.86〜92) 国文学 解釈と鑑賞 第55巻3号(1990.3)  
「寛永年間の朝鮮通信使と京都(「隔[草冠に冥](メイ)記」にみる寛永文化の世界-7-)」松尾芳樹(p.64〜70) 日本美術工芸 第661号(1993.10)
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◎その他
 ○資料目録
「江戸時代の朝鮮通信使関係資料目録―当館所蔵(稿)」(資料紹介)大口里子(p.2〜28) アジア資料通報 第29巻第11号(1992.2)  
 ○大坂易地聘礼計画
「朝鮮信使大坂易地聘礼計画をめぐって」池内敏(p.60〜81) 日本史研究 336号(1990.8)
 ○倭館
「朝鮮後期の通信使と倭館の役割」崔長禧(p.9〜15) 季刊コリアナ 1991年冬季号(1991.12)
「近世倭館における朝鮮との交流」田代和生(p.1〜14) 歴史と地理 585(2005.6)
 ○日本観
「朝鮮人の日本観―江戸期朝鮮通信使の日本紀行を中心として(朝鮮認識の歪みをただす(特集))」姜在彦(p.69〜82) 経済評論 第23巻第12号(1974.11)  
 ○都市整備
特集「朝鮮通信使(4)」
 「富士川の船橋」三浦吉春(p.15〜24)
月刊韓国文化 第7巻第9号(1985.9)
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